しかし、母はやはり女ですから、自分の子供の歯並びがずい分気になったとみえて、「保彦の歯、何とかしてやってよ」と毎日何回も父に言いました。家庭での母親の発言力は現在と同様昔も強かったですし、あるいは父にも歯科医のメンツがあったのでしょう。とうとう、ぼくの前歯には銀ピカのものすごい装置がはめられたのです。
さあ、次の日学校では「おいっ、銀歯のアサイ」、「おめぇ、銀歯つけて自分とこの宣伝しとるんか」てな調子でもう大変でした。この装置は、今の矯正歯科のレベルから見たらお粗末なものではありましたが、受け口の程度も大したものではなかったのでしょう。岐阜公園に遠足に行ってキャラメルを食べたためにこの銀歯がとれてしまった時には、とにかく上の前歯は下の歯の外側に出ていたのです。
数十年たった今も、ぼくは子供の時のこの出来事について昨日のことのように考えます。もう他界してしまった父や母がぼくの歯のことを心配していてくれた気持ちについてです。それは、今この診療所に矯正治療のため通ってきている子供さん達に対する親さんの愛情と同じなのだと。
子供の歯の矯正をしてやろうと思うと、何回も忙しい時間をさいたりしなくてはいけないし、お金もかかります。今は何とも思っていなくても子供さんが大人になった時、いつか「きれいな歯並び」でよかったと喜べるように、親さんのご期待にそえるよう一生懸命に努力を続けていくつもりです。
最近は大人になって矯正を始める人もずい分増えてきました。健康で清潔な笑顔に向かってチャレンジされている成人患者さんを、ぼくは尊敬しています。当院で働いているスタッフは、その多くがやはり矯正治療を受けた経験をもっています。矯正治療のためには長期間にわたって通院していただくことになりますが、その間ちょっとしたことでも、共感を持ってサポートさせていただけるよう全員で努めてまいります。 |